2008.04/10(Thu)
私の知らない記憶
昨日、打ち合わせの途中で30分程度時間が空いた。
帰省のこともあるので母に電話をしてみようと思った。今日なら話せる気がした。
母に
「お墓参りに行きたいのでお墓の場所を教えて欲しい」
と聞いた所から始まった。そして、申し訳ないけれど今回は姉と姪っ子の3人で行きたいので母は
遠慮して欲しいとも伝えた。
なぜならお墓参りで泣いてしまう可能性があると思ったから。
私は母に涙を見せるのを極端に嫌う。もともと他人に涙を見せるのは嫌いだ。
できれば姉にも見せたくない。が、姉も行った方が良いと思ったので姉は誘うことにした。
その時、母から驚く話をされた。
---- 若干宗教的なお話となりますので不快な方はスルーしてください ----
母は最近、昔お世話になったある方に私たち姉妹の病気の事を相談したらしい。
その際に、父方のお墓参りに行くよう言われたらしい。今は何をおいてもお墓参りが先決だと。
私がお墓参りに行こうと思ったのも、全く別のある男性に言われたのがキッカケだ。
ただ、私がビックリしたのはその後の話だった。
昔お世話になった方。実は私に直接的に関係していた。
私は14〜15才位の頃、いわゆる元ヤンで、当然学校にも行っていなかったし、自宅にもほとんど
かえっていなかった。
その私が、ある日
「本当は学校に行きたいし、ちゃんとしたいのに、何かに引っ張られるみたいに学校にも行けないし家にも帰れない。お母さん助けて!!」
と母に泣きすがったそうだ。私は話を聞いて正直キョトンとした。私には全く記憶にない。
そして、その事をある方に相談したらしい。(その方が今回相談した方でもあるのですが)
すると、その方は
「祖父の愛人さんが空さんを通して、自分の存在を訴えかけている。その愛人の方はもう亡くなっていて無縁仏となっているようなので、祖父に確認をして、その方の所持品である3段の棚の真ん中の引き出しに何かが入っている。それを探し出して供養しなさい」
と言ったらしい。最初は母も半信半疑だったようだ。
話は少し遡るが、祖父は父が中学生位の頃にその愛人さんと蒸発した。
そして、痴呆症となり老人ホームへ入り、区役所から連絡があり、やっと見つかったのだ。
ただ、祖父は既に痴呆症で何も分からず祖父の所持品は全て祖母が引き取ったと聞いていたので、
祖母に聞いたらしい。祖母は祖父の所持品を処分することなく全て持っていた。
私の両親が祖母の家に駆けつけ、言われたものを探すと本当に3段の棚の真ん中の引き出しから
あるものが出てきたらしい。そしてそれを持って両親は供養に行ったとのことだった。
残念ながら苗字が不明なため、名だけで供養をしてきたそうだ。
その後、両親は私を連れて私のお払いに行ったらしい。
そして、両親が離婚するまで月命日には、その方の供養に両親揃って行っていたとのことだった。
が、私の記憶には上記のことは全くない。
その話も初耳だし、お払いにいった記憶もない。
話自体は、当時子供だったので両親が控えたのかもしれないが、お払いに行った記憶もなければ
母に泣きすがった記憶もない。
母と電話を切った後、姉に電話をしてみた。
すると姉も上記の話を全て知っていて、私も知っているはずだと言っていた。
私は、昨日初めてその愛人の方の存在も名前も知った。
でも姉は知っていた。私も知っていたはずだと言う。
何度考えても、記憶ないどころか自分の話とは到底思えない。まるで人の話を聞いているような
奇妙な感覚だった。
別の記事でUPしようと思っているけれど、今月末〜来月末までの間で少しの間、日本を離れる予定だ。
本当は、その辺りの予定が済んでから時期を遅らせてから帰省しようかと思っていたけれど
母の話を聞いて、最悪日帰りでも良いから1日でも早くお墓参りと、その方の供養に行こうと思った。
私は母からその方の話を聞いたとき、涙を堪えるのに必死だった。
と言うより泣いていたけれど、母に泣いているのを悟られないようにするのが必死だった。
理由は自分でも分からない。
でも、彼女は私を通して訴えかけていたのに私は長い長い間、存在も名前も知らなかったのだ。
1日も早く予定をつけて、帰省したいと思います。
そして、ここではお名前を伏せますが、ご冥福をお祈りしたいと思います。
帰省のこともあるので母に電話をしてみようと思った。今日なら話せる気がした。
母に
「お墓参りに行きたいのでお墓の場所を教えて欲しい」
と聞いた所から始まった。そして、申し訳ないけれど今回は姉と姪っ子の3人で行きたいので母は
遠慮して欲しいとも伝えた。
なぜならお墓参りで泣いてしまう可能性があると思ったから。
私は母に涙を見せるのを極端に嫌う。もともと他人に涙を見せるのは嫌いだ。
できれば姉にも見せたくない。が、姉も行った方が良いと思ったので姉は誘うことにした。
その時、母から驚く話をされた。
---- 若干宗教的なお話となりますので不快な方はスルーしてください ----
【More・・・】
ちょうど母もお墓参りに行こうと思っていたという。母は最近、昔お世話になったある方に私たち姉妹の病気の事を相談したらしい。
その際に、父方のお墓参りに行くよう言われたらしい。今は何をおいてもお墓参りが先決だと。
私がお墓参りに行こうと思ったのも、全く別のある男性に言われたのがキッカケだ。
ただ、私がビックリしたのはその後の話だった。
昔お世話になった方。実は私に直接的に関係していた。
私は14〜15才位の頃、いわゆる元ヤンで、当然学校にも行っていなかったし、自宅にもほとんど
かえっていなかった。
その私が、ある日
「本当は学校に行きたいし、ちゃんとしたいのに、何かに引っ張られるみたいに学校にも行けないし家にも帰れない。お母さん助けて!!」
と母に泣きすがったそうだ。私は話を聞いて正直キョトンとした。私には全く記憶にない。
そして、その事をある方に相談したらしい。(その方が今回相談した方でもあるのですが)
すると、その方は
「祖父の愛人さんが空さんを通して、自分の存在を訴えかけている。その愛人の方はもう亡くなっていて無縁仏となっているようなので、祖父に確認をして、その方の所持品である3段の棚の真ん中の引き出しに何かが入っている。それを探し出して供養しなさい」
と言ったらしい。最初は母も半信半疑だったようだ。
話は少し遡るが、祖父は父が中学生位の頃にその愛人さんと蒸発した。
そして、痴呆症となり老人ホームへ入り、区役所から連絡があり、やっと見つかったのだ。
ただ、祖父は既に痴呆症で何も分からず祖父の所持品は全て祖母が引き取ったと聞いていたので、
祖母に聞いたらしい。祖母は祖父の所持品を処分することなく全て持っていた。
私の両親が祖母の家に駆けつけ、言われたものを探すと本当に3段の棚の真ん中の引き出しから
あるものが出てきたらしい。そしてそれを持って両親は供養に行ったとのことだった。
残念ながら苗字が不明なため、名だけで供養をしてきたそうだ。
その後、両親は私を連れて私のお払いに行ったらしい。
そして、両親が離婚するまで月命日には、その方の供養に両親揃って行っていたとのことだった。
が、私の記憶には上記のことは全くない。
その話も初耳だし、お払いにいった記憶もない。
話自体は、当時子供だったので両親が控えたのかもしれないが、お払いに行った記憶もなければ
母に泣きすがった記憶もない。
母と電話を切った後、姉に電話をしてみた。
すると姉も上記の話を全て知っていて、私も知っているはずだと言っていた。
私は、昨日初めてその愛人の方の存在も名前も知った。
でも姉は知っていた。私も知っていたはずだと言う。
何度考えても、記憶ないどころか自分の話とは到底思えない。まるで人の話を聞いているような
奇妙な感覚だった。
別の記事でUPしようと思っているけれど、今月末〜来月末までの間で少しの間、日本を離れる予定だ。
本当は、その辺りの予定が済んでから時期を遅らせてから帰省しようかと思っていたけれど
母の話を聞いて、最悪日帰りでも良いから1日でも早くお墓参りと、その方の供養に行こうと思った。
私は母からその方の話を聞いたとき、涙を堪えるのに必死だった。
と言うより泣いていたけれど、母に泣いているのを悟られないようにするのが必死だった。
理由は自分でも分からない。
でも、彼女は私を通して訴えかけていたのに私は長い長い間、存在も名前も知らなかったのだ。
1日も早く予定をつけて、帰省したいと思います。
そして、ここではお名前を伏せますが、ご冥福をお祈りしたいと思います。
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| 2008.04.10(木) 22:57 | | コメント編集
コメントありがとうございます。
お返事が遅くなり、すみません。
かなり遠出になることと、私にとって「実家」というある意味で砦に向かうということで、体調と相談しながらになるかと思いますが、可能な限り早く行ってこようと思います。
恐らく、早くて5月中旬以降になるとは思いますが、また行けたら
報告の記事をUPしたいと思います。
コメントありがとうございました。
お返事が遅くなり、すみません。
かなり遠出になることと、私にとって「実家」というある意味で砦に向かうということで、体調と相談しながらになるかと思いますが、可能な限り早く行ってこようと思います。
恐らく、早くて5月中旬以降になるとは思いますが、また行けたら
報告の記事をUPしたいと思います。
コメントありがとうございました。
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