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2008.05/18(Sun)

レイプ 

相変わらず、毎日の様に夜遊びをし半ば家出状態の私たちは、この日も夜遊びに出かけた。
最初は自転車で移動していても、ナンパをされたりすると自転車を止め車へと乗り込む。

この日は5人組の男性が声をかけてきた。私たちもノリで一緒に遊ぶことにした。
最初は大きな公園で話をしていたけれど、ふと気づくと親友がいない。
男性の人数を数えると1人足りない…

「ねえ、あの子達は?」

「ああ、多分こっちにいるよ」


歩いて移動し、小学校のフェンスを乗り越えた。
学校の中でも遊んだりしていたので、あまり不思議には思わず着いていった。
そのままプールの方向へと進んでいった。
プールの下は、等間隔で区画になっていることが多く、明らかに未成年と分かる私たちは
警察の補導を避けるのに、使ったりもしていた。

「ねえ、どこにいるの?」

「こっちこっち、ちょっと呼んでくるからここで待ってて」


私は言われた通り、そこで待っていた。
しばらくして、4人のうち1人が来た。
私たちは世間話をしながら待っていた。
すると、突然その男は私を押し倒してきた。
抵抗する私に、その男は

「大きな声出したらお友達に会えなくなるよ?」

「全員呼んできて廻すぞ」


と私の口を塞いで脅した。とにかく怖かった。
よく見ると、すぐ側に残りの3人もいた。
私は4人の男性にレイプされた。

その後、いなくなっていた親友と会え、とにかく逃げた。
親友に、どこに行っていたのかと聞くと5人組のうちの1人と仲良くなり
その男性の家が近かったので、その男性の家に泊まったと言う。

親友はもちろん、私に何が起こったのか理解できる。
何か罵倒していた気がするけれど、あまりよく覚えていない。
「とにかく絶対に誰にも言わないで!」と口止めだけした。

私はショックを受けていた。自分の身の上に起きたことを信じたくなかった。
とにかく今は帰ってお風呂に入りたかった。
髪の毛から足まで、土と精液と血でいっぱいだった。

お風呂に入りながら、昨夜起きたことは忘れよう。
自分には昨夜は何も起きなかった。

そう言い聞かせていた。私は昨夜の出来事を記憶から抹消することにした。


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2008.05/18(Sun)

夜遊び 

今は思い出したことを、ただただ記事に書いています。
時代の前後もあると思いますが、ご理解頂けると幸いです。
※カテゴリでソートをかけて頂くと読みやすいかと思います

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私の親友も、結局2ヶ月程度で本当に彼と別れてしまったようだった。
でも【夜遊び】を覚えてしまった私たちは、次は2人で深夜に遊ぶようになった。

さすがに深夜は、どちらかの自宅というわけにはいかないので、公園で朝まで話したりした。
ただただ、道路を歩いたり、日中登校しないくせに学校に行ってみたりした。
24時間のコインランドリーも居場所の一つだった。

そんなことをしていると、当然いろいろな誘惑もある。
たまたま先に公園に来ていた集団と仲良くなったり、ナンパされたり、あっという間に交友関係は
広くなっていった。

夏になると、昼間は近くのショッピングセンターに一日中いた。
冷房がきいていて居心地が良かったし、当時は分煙もなかったので、フードコートのテーブルを
占領して話をしたり、お腹が空けば食料品売り場から食べたい物を万引きしてきて食べた。

夏はお祭りも多く、お祭りというお祭りに参加しては、そこでまた交友関係を広げた。
この頃には、もう「朝自宅に帰る」ということもしなくなってきていた。


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2008.05/18(Sun)

弱さ 

今は思い出したことを、ただただ記事に書いています。
時代の前後もあると思いますが、ご理解頂けると幸いです。
※カテゴリでソートをかけて頂くと読みやすいかと思います

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翌日、私は親友を問いただした。
親友は昨夜いたことは認めたけれど決して付き合ってはいないと言う。
けれども、付き合って欲しいと言われて困っていると言う。

私はこの時、既に学校で浮いた存在になっていた。登校もしたり、しなかったり。
新しい学校で唯一いる不良と付き合っている女生徒ということで、誰も近寄ってこなくなった。
この親友以外は。

彼と別れるのは仕方ないと思った。彼にその気がないのだから。
所詮は中学生、お付き合いと言ってもそんなものだろう。
でも彼とも別れて親友も失うということを当時の私はどうしてもできなかった。
私は、親友を許した。親友も、もう彼とは会わないと言っていた。

けれども、私と彼の家は歩いてたったの5分。
親友が来ているかどうかなんて、すぐに分かる。
私は彼女の自転車は見えないものにすると決めた。


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2008.05/18(Sun)

別れ 

今は思い出したことを、ただただ記事に書いています。
時代の前後もあると思いますが、ご理解頂けると幸いです。
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深夜、いつものように彼の家に行ってみた。
彼の家はアパートの1F。みんな彼の部屋には玄関からではなく、彼の部屋の窓から出入りをしていた。

深夜にも関らず、親友の自転車が止めてあった。私は彼の窓をノックした。
すると、後輩が顔を出した。私は、この後輩に入ることを静止された。

「先輩はもう空ちゃんとは別れたいって言ってるから・・・」

「ちょっと、そういうことなら直接話がしたいんだけど」

「いや、もうムリだから」

「今、私の親友が来てるでしょ?自転車が止まってるもの。じゃあ彼女と話をさせて」

「空ちゃん、もう帰った方がいい。送るから」


私はムリヤリ帰らされることになった。


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2008.05/18(Sun)

裏切り 

今は思い出したことを、ただただ記事に書いています。
時代の前後もあると思いますが、ご理解頂けると幸いです。
※カテゴリでソートをかけて頂くと読みやすいかと思います

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彼とお付き合いをするようになって3ヶ月位だっただろうか。
この頃は、どうせ深夜に会えるしということから、昼間は私も自分の友人と遊んでいた。

一番仲の良い親友には彼とのことを話していた。
当時13才、中学2年生になったばかり。女の子でも、そういうことに興味津々なのは変わりない。
深夜に会っていることも話したし、初体験をしたことも話した。

私は外で遊ぶか、彼女の家で遊ぶことが多かった。自宅には可能な限りいたくなかった。
彼女の家は私の家から徒歩20分程度と、かなり距離がある。
私は彼女の家で遊んだ日は、いつもテクテクと歩いて帰っていた。

ある日、彼女が自転車で送っていってくれると言う。
滅多にないことなので、どうしたんだろう?と思いながらも「ラッキー♪」とばかりに送ってもらった。
そのまま自宅まで送ってもらい、別れたものの、ふと何か腑に落ちないものを感じた。

なぜ送ってくれたんだろう・・・

私が、なぜ疑問を感じたのかは分からないけれども、直感的に「私の彼の家にいる!」と思った。
私の自宅と彼の自宅は、徒歩5分程度。
私は自分の目で確かめたくて、彼の自宅を見に行った。

彼の自宅アパートの下には、やはり私の親友の自転車が止めてあった。愕然とした。
私は自分の家まで急いで走って帰った。

自分の親友が、自分の彼が、2人が私を裏切った…



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2008.05/18(Sun)

初体験 

今は思い出したことを、ただただ記事に書いています。
時代の前後もあると思いますが、ご理解頂けると幸いです。
※カテゴリでソートをかけて頂くと読みやすいかと思います

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この頃には毎日の様に深夜自宅を抜け出し、彼の家へと行っていた。
深夜1時頃〜朝の7時までの6時間、彼と一緒にいるのが楽しくて仕方なかった。

2人きりの日もあれば、後輩が来ている時もある。
特に何をするわけでもなく、TVを見たりゲームをしたり、それだけでも十分楽しかった。

ある日、2人きりの日、いつもとは何か違う雰囲気となった。
私はどうして良いか分からなかったけれど、とにかく居場所がなくなるのはイヤだった。
じっとしていることにした。

痛いとか、感動とか、そういったものは何もなかった。
初めてだったけれども出血もしなかった。私は「こんなものなのか…」と思った。

それからは、深夜彼の家に行くと、当たり前のようにSEXをするようになった。
私は相変わらず何も感じなかった。心が浮かれるということもなかった。

当時の私は13才、何も感じなくて当然と言えば当然かもしれないけれど、
普通の女の子は初体験の時の感情ってどんなものなんだろう・・・

私はただ居場所があれば良かっただけかもしれない。
NOと言うことは自分の居場所を失くす危険性がある。
私は絶対にNOとは言わなかった。




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2008.05/18(Sun)

通院日 

2008年5月15日(木)

自宅に戻ってきてから、ずっと体調が良くない。
誰にも会いたくないし、何もする気がしない。泣きたいけれど泣けない状況が続いていた。
また泣き方を忘れてしまったんだろうか・・・

今日は病院の日。本当は行きたくないけれど、お薬が足りなくなるので仕方なく行くことにした。
実家でのことを話し、帰ってから調子が悪いことを話した。
やはり、実家に帰ると無意識に元気なフリをしてしまう。
それも良くなかったのかもしれない。

泣き方が分からないと話した。
昔もそうだったけれど、病気になってからは泣いてばかりで泣けるようになった。
でも、ここ数日泣きたいのに泣けない。

先生は、人は自分のキャパを超えると、喜怒哀楽の表現のどこかがきちんと機能しなくなる
と言っていた。
人によって「笑う」ことが難しくなる人もいれば、「泣く」ことが難しくなる人もいる。
私の場合は「泣く」という行為が難しい行為となるらしい。
「笑う」ことが難しいのも辛いだろう。それなら私は「泣く」ことが難しい方が良い。

お話を聞いていて、そんな気がした。



病院  | CM(0) | Top↑
2008.05/18(Sun)

帰宅日 

2008年5月13日(火)

早いもので今日はもう名古屋へ帰る日。
名古屋へ帰る前に、もうひとつ大切なお参りに行く予定だった。
無縁仏となっている祖父の愛人さんの供養と、私の水子の供養だ。

けれども、悪天候と私の疲れもピークに達していたのとで今日は無理だと判断し
また改めて行くことにし、そのまま名古屋へ帰ることにした。

帰りは新幹線の自由席を買い、名古屋までの50分間デッキにいた。
やはり、怖がりのチョコちゃんは人が通るたび吠えてしまう。
周囲の方にご迷惑がかかるので、仕方なくデッキが私たちの指定席(笑)

やっと名古屋に到着し、本当は電車で帰るつもりだったのだけれど、その体力もなく
仕方なくタクシーで帰宅。

自宅の玄関を開け、扉を閉めた瞬間涙が出そうになった。
とにかく疲れた、なぜか分からないけれど苦しかった。今すぐ泣きたかった。
それなのに、また泣き方が分からなくなっていた。
病気になってから、泣くことを覚えたのに、また泣けない。
1人だから泣けないのかもしれない…と思い、とりあえず家の中に入った。

この日の事は、この後は覚えていない。
きっと疲れて寝たんだろうと思う。
姉と元主人には、帰宅の連絡をしたような気がする。
母からは夜電話があったような気もするし、なかったような気もする。

本当に覚えていない。


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2008.05/18(Sun)

20年振りのお墓参り 

2008年5月12日(月)

この日は姉と姪っ子と3人で奈良までお墓参りに行く日。
お昼前に家を出て、移動中にお昼を済ませお墓に着いたのが15時頃だっただろうか・・・

帰省後に体調を大きく崩し、体調が良くなるまでの記憶が少し曖昧になっている。

とにかく母からの説明と20年前の記憶を頼りに何とかお墓まで辿り着いた。
お墓に行けば、さすがにどのお墓か位は覚えているので早速掃除にかかった。
お墓にはきれいなお花が飾られていた。葉先が少しだけ茶色くなっているかどうか位だったので
最近、誰かがお参りに来てくれたのだろう。

恐らく姉も同じだと思うけれど、過去自ら進んでこのお墓に来た事は一度もない。
いつも両親に連れられ、仕方なく行くという感覚だった。それも中学生位の間だけだった。
実際に、このお墓に来たのも4〜5回来ていれば良い方ではないかな?

でも、自らの意思で姉妹で来るとこうも違うのかと思うほどの感覚になった。
今までにはしたことのない、墓石の掃除やお花の交換。
何度も水場とお墓を往復し、タワシで墓石をゴシゴシ磨いた。
なぜだろう、私はお墓に着いた時からずっと胸の奥から込み上げてくるものがあった。
それが何なのかは分からないけれど、とにかく自分にできる精一杯のことをしようと思った。
一生懸命磨いて、お花を交換し、お水を交換した。

お参りは別々にしよういうことになり、まず姉親子が先にお参りをすることになったので
私は席を外した。姉のお参りが終わり、私の番となった。

いざ手を合わせてみると、何をどうして良いのか分からない。
そもそも、祖父のお墓以外は誰が入っているのかも知らない。
彫ってある名前を見ても、誰かも知らない。

とにかく、ずっと長い間放置していたことを謝罪した。
そして、これからは可能な限りお参りに来ることを伝えた。
姉も私も病気と向き合っていること、そして見守ってほしいことをお願いした。

お参りを済ませ、私たちは実家へと帰宅した。

夜には親子水入らずで夕食を…と約束をしていたので、駅前の焼肉屋さんに行くことになった。
母も姉も私が食事をすると、凄く喜んでくれた。
そういえば、昨年帰省したときは、まだ今ほど回復しておらず、食欲もなかったので
何を出されても、ほとんど手を付けなかった。

食事の後、実家に戻り3人で姉の離婚の件を話し合っていた。
離婚は確定しているので、親権や養育費等、まだまだ話し合わなくてはいけないことが多い。

姉には、とにかく姪っ子のメンタル面を一番に考えて行動するように何度も伝えた。
そして、その次に離婚後の姉と姪っ子の生活の確保。

私は幼少期に良い思い出がない。
姪っ子には楽しい思い出を1つでも多く残してあげたい。



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2008.05/18(Sun)

共有 

【ご挨拶】

しばらく更新をお休みさせて頂いていましたが、やっと体調も回復してきました。
今、皆さんのコメントのお返事とメールのお返事を全てさせて頂きました。
本当に、いつも遅くてすみません・・・
心配してくださったみなさん、本当にありがとうございます。

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2008年5月11日(日)

今日は前から仲良くさせてもらっているBLOG友達と会う日。
すごく楽しみにしていたので、朝からウキウキと支度をしていた♪
久しぶりにお化粧なんかもしたりして、まるでデートのようだ(笑)

駅の改札口で待ち合わせをし、諸事情で遅れた彼女をウキウキ待っていた♪
彼女が到着したとき、すぐに分かった。
もちろん、最初に服装等は聞いていたけれど、すぐに彼女だと分かった。
お互い「はじめまして」なんて言っているけれど、ちっとも初めてな気がしない(笑)

少し調子が悪そうだったのが心配だったけれど、大丈夫と言うので休憩しながら
前もって調べておいた絵本カフェにGO!

散々話をした後、お買い物へ行こうと梅田まで歩いていくことに。
ここで重大なミスが!彼女も私も、相当な方向音痴だったorz
人に道を聞き聞き、何とか梅田に到着しお買い物を済ませ、彼女の自宅へ。

途中から彼女の友人も加わって3人で淀川の河川敷へ行ってみた。
1時間くらい河川敷にいただろうか。。。この時の時間の感覚はあまりないかもしれない。

日が暮れてきたので、再び彼女の自宅へと戻り3人でお話をしていた。
初めて会うのに全く違和感なく、三者三様の考えを共有できた。
気が付けば、終電ギリギリまで3人で話していた。もっともっと話していたい気分だった。

この日の事は、現段階で上手くは書けない。
ただ、私にとって非常に価値の有る貴重な時間を過ごせたと思っている。
そして、彼女にも彼女の友人にも会えて良かったと心からそう思う。


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